コスタリカの中立宣言をめぐる 国際関係と国民意識

―モンヘ大統領の政策を中心に―  

おわりに

以上、述べてきたように、1980年代初頭におけるサンディニスタ政権とレーガン政権の激しい対立は、西欧民主主義、反軍国主義、第三世界主義という相異なった三つの「国民的」原則に基づいて外交を展開するコスタリカ政府に対し、大きな政策的転換を迫ることになった。サンディニスタ政権の転覆を意図したレーガンの中米地域への政治・軍事介入に対し、キューバ・ソ連等の共産主義諸国やコンタドーラ・グループ等のラテンアメリカ大国がニカラグアを支援したことで、中米紛争は東西対立や南北対立が複雑に絡む国際問題に発展したため、コスタリカ政府は従来の曖昧な外交三原則に代わる新たな外交を国際社会の眼前に提示する必要があったのである。

この時期にコスタリカ大統領に就任したルイス=アルベルト・モンヘは、当初、米国の経済支援によって危機的な国家経済を救うため、また国内における反共産主義の気運に応えるために、米国寄りの立場を明確にし、反共産主義運動側に立っていた。しかしながら、反共運動が次第に激しさを増してニカラグアとの交戦を主張する者さえ現れ、伝統的な反戦主義者や親ニカラグアの人々と対立し始めると、モンヘは人々の国民アイデンティティが崩壊し、コスタリカ社会の結束力が弱体化することを危惧するようになった。こうした対外問題と国内問題を同時に解決するために、モンヘは永世中立を宣言するのである。

その中立の特徴は、イデオロギー論争においては積極的に西欧自由主義陣営を支持することを明示した「積極的中立」と、いかなる軍事的紛争にも決して関与しないことを謳った「非武装中立」に見られる。前者は、反共産主義を暗示しているとして国内外の鋭い批判を浴びるものの、後者は反戦感情を強く持つ多くのコスタリカ民衆だけではなく、米国の中米紛争への政治・軍事介入を危惧するフランスやスウェーデン等の欧州諸国やコンタドーラ・グループから大きな支援を受けるようになったのである。この動向は、繰り返されるコスタリカ・ニカラグア両国間の国境紛争や米国の政治・経済的圧力によって、モンヘ時代に中米和平という形で結実することはなかったが、後のエスキプラス会議で達成された中米和平の一要因となったことは間違いない。

また、コスタリカ国内においては、本質的にはきわめて政治的なものであるこの「中立」が社会的に受容され、多くの人々にとって国民的精神やアイデンティティの一部であるかのように認識されたことは興味深い。一方で根強い反共・反中立運動が繰り返されていたにもかかわらず、「平和のための行進」に見られるように中立を支持する人々が多数派を占めたのである。これは、モンヘを中心とする中立推進派が、大衆メディアを通じて民衆のナショナリズムを巧妙に刺激しながら、「中立」を国民に伝統的な反戦・平和主義から生み出された当然の歴史的帰結だと位置づけ、社会的に正当化することに成功したためであった。このことは、ニカラグア革命以降の中米をめぐる国際関係の急変が単にコスタリカの政治・外交に大きな転換をもたらしただけでなく、この国の国民意識にも大きな影響を与えたことを意味している。すなわち中米紛争という国際的危機に対処するために発せられた中立宣言が、多くのコスタリカ民衆が持つ従来の国民意識やアイデンティティの中に、新たに中立主義という平和的観念を溶解させたのだった。このように、きわめて現実的な「中立政策」が「伝統的な中立主義」として人々に受容され、それを背景にモンヘがより一層積極的な形で中立主義に基づく外交を行った結果、中米とそれを取り巻く国際社会がコスタリカの「平和主義」を評価するようになったのである。

もちろん、この歴史的過程をより説得的に説明するためには、本稿でほとんど触れられていないテレビ・ラジオといった文字以外の大衆メディアも研究の射程に入れなくてはならないし、また、一般市民の言説の中で中立がどのように語られているかをより詳細に研究する必要があるだろう。こうした問題については、稿を改めて発表することにしたい。

 

                                 (本文以上)

編集後記:

本論考は、『ラテンアメリカ研究年報』No.17(日本ラテンアメリカ学会、1997)に掲載された論文に若干の修正を加えたものです。当時、私はまだ大学院生であり、ラテンアメリカ研究の大先輩がたに貴重なアドバイスや叱咤激励をいただきながら、ようやく本稿の発表にこぎつけたことを、今でもはっきりと覚えています。とりわけ、江口信清先生、国本伊代先生、小林致広先生、スティーブン・パーマー先生には、本当にお世話になりました。この場を借りて、あらためて感謝を申し上げます。(2005/09/02 小澤)

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