コスタリカ滞在奇もとい記

東(26歳) Osaka Aug‘2,002

☆☆☆☆☆コスタリカ滞在奇もとい記(笑)☆☆☆☆☆


あれは確か、会社を辞め、その後の人生にいきずまっている時だった。。。
その時ふと思った。
「そうだ!旅に出よう」
そう思ったら早いもので、先ずは国内か海外のどちらかを選択せねばならなくなりました。
国内は一通り周ったので、海外に決めました。
しかし、予算的に苦しかったので、格安航空券を購入して貧乏旅行することになるのです。
行くならラテン諸国のどこかだと思いました。
では、何故コスタリカだったのか?
それはかの有名な映画ジュラシックパークの舞台がコスタリカであったことが大きく関与しているものだと言えます。
そしてさっさと支度して日本を発ちました。

2002.8月9日
ロサンゼルス経由でサンフアンタマリア空港に着いたのはいいが、時差ぼけがひどい。
空港を出ると客待ちのタクシーがうじゃうじゃいて思わずそれを避けるようにそそくさと歩き始めました。
それはいいが、道が全く分からない(当然)。
10分ほど歩いて、近くの倉庫で働いてる人に片言のスペイン語で「この近くにタクシー乗り場はありますか?」と尋ねたところ、「この先の空港にあるよ」と言われたので、「ありがとう」と言ってその場を後にしようと思ったら、「おーい!にーちゃん。もうすぐココから空港までバスが出るからそれに乗っけてもらえるよ」と言われたのでそうすることにした。
僕から話し掛けたことだし、どう見ても善人の空気が漂っていたので疑うことは
しませんでした。
バス待ちの間、そのおじさんが僕に「どこから来た?これからどこへ行くの?」
と尋ねてきたので、「日本から来ました。これからアラフエリータに行きます。」
と答えました。
するとおじさんが「あとcinque minutis(イタリア語で5分の意)もすればバスが来るよ」と言ってきたので、「イタリア語ですねー!」と笑いながら言い返したら、それが気に喰わなかったらしく、それまでにこやかな仏面が一変して仁王様のような表情で「お前、coreano(韓国人)か?」と言ってきた。
すかさず、「日本人ですよ」とだけ言うと、「なんだ日本人か。そうかそうか」とすんなり治まった。
僕の独りよがりの判断だがおそらく、サッカーW杯での韓国サポーターの相手チームに対する悪口めいたプラカードを掲げたことに対していい印象を持っていないように思えました。確かにあれは良くないですね。
バスが来たので乗っけてもらった。一応、降りる際に「いくらか払うの?」と尋ねたら、「要らない。気をつけてな」と言ってくれた。
当然ですが、旅行者の方々は僕のようにあとから確認するのは止しましょう。前もってネ!
「それにしても、なんて親切な人たちなんだろう!見ず知らずの外国人に対して色々フォローしてくれるなんて!!」と思いました。
いきなりコスタリカの人々の人情を目の当たりにしてしまった。
タクシーに乗り換えて加瀬さんちに直行しました。
タクシーの助手席で窓を開けて腕を出して乗ってると道路を横切ろうとしていた
おっさんに口笛吹かれた。
その後、追い越してきたカップルが乗ってた車からも口笛吹かれた。あれは一体何だったんだろう??
その日は時差ぼけがひどく、一日中加瀬さんちでぐったりしていた。

2002.8月10日
この日も時差ぼけが直らず、一日中ひどくぐったりしていました。
夕方に加瀬さんが帰ってきたので、そこでごたーい面。
色々話を聞いて、翌日からの加瀬さん主催のツアーに参加することに決定!!

2002.8月11日
加瀬さんちに宿泊していた日本人の方々と一緒に温泉へ。
温泉の名前は忘れました。(ごめんちゃい!)
温泉といっても日本のとはわけが違います。
海パンを着用せねばならず、温泉というよりも温水プールに入ってるように
感じました。しかし、快適そのものだったです。
そこで、同じドミトリーに宿泊していた日本人の年配の方と日本の矛盾した教育や腐敗しきった政治体制について議論しました。
え〜、そんなとこまで来てそんなこと語り合わなくても、、、と思われるかもしれないが、僕はとても刺激を受けたし面白かったし、久しぶりに心の広い日本人に出会えてヨカッタです。まさかコスタリカに来てまでそういう尊敬できる方と会えるなんて
思いもしませんでした。こんな出会いもあるんです!!あと、宿泊先の食事が美味かったです。
僕はコスタリカ人になれる素養が少しあるのかも。

2002.8月12日
この日は一路TABACON RESORTへ。
この日も快適そのものだった。
しかし、前日とはわけが違います。
前日は温泉そのものが快適だったのに対し、TABACONでは
水着姿のナイスバディなおねーちゃんたちが右往左往しているのです。
久しぶりの目の保養でした。

2002.8月13日
この日は一旦加瀬さんちに引き上げることに。
加瀬さんちに宿泊していた人が借りていたレンタカーを返すのに首都のサンホセ
についていきました。
どうでもいいことかもしれないけど、混んでる!!
と言うよりも、活気があると言った方が適切な言い方かもしれない。

2002.8月14日
この日から2泊3日でカリブ海側のトルトゥゲーロという地域へ自然及び海がめ
ウオッチング目的へGO!
途中立ち寄った町で唐揚げが100コロンで売られているのにビックリ。
日本円で100円もしません!その割にそこそこの量です。
なんでも加瀬さんはそこの唐揚げを食べて腹痛に襲われたとか。。。
だから僕は食べなかった。(笑)
トルトゥゲーロまでは、途中までバスでいけるところまでいって、そこからカヌー、、じゃなくてモーターボートで川をくだっていくのです。
途中、メガネカイマンやナマケモノ、クモザルなどを見ることが出来て感動しました。日本じゃ動物園でしか見れんもんねー。
さて到着後、しばらくボケーっとした後、夕食夕食♪
食堂にはいるやいなや、先にフランス人の団体が食事してた。
僕たちを見るなり「なんとかかんとかジャポネー」と言ってた。
でもって、僕たちの会話にすごく聞き耳立ててなんだか興味津々といった面持ち
でした。分かってないんだろうけど。。。
それにしても静かな連中だったなぁ。こっちが緊張しちまったよ。
さて、食事が運ばれてきました。
これが激ウマ!!赤飯みたいなチャーハン味の炒め飯にポテトとにんじんの
クリーム和え、そして鶏肉をどう味付けしたものかは聞き忘れましたが、
それほど食べるのに夢中でした。
食べた後、加瀬さんたちはさっさと部屋に戻ったので僕だけでそのまままったり
していました。
そしたら、先に食事していたフランス人のアベック(死語)2組のうち、1人の
女性が英語で「今夜、海がめ見るの?」と聞いてきたので、たどたどしい英語で
「見るよ」と答えました。
相方の男性がきょとーんとしていました。こんな感じで→(・_・)
食後はいよいよ海がめウオッチング!
すごかった。何がすごいって?それは直接現地へ行って確認してください。(笑)

2002.8月15日
前日と同様に食事の時間まで近くを散策したり、何か話をしたりして時間つぶし。
食事は、、、やっぱ美味いのよ。美味すぎ。
でも、長旅のせいなのか疲れがそのときになってどっと出てきて思うように食べれなかったです。
この日もかめさんたちを見ました。人数が足らなかったため、人数合わせのため引率者の子供たちが無理やり加わらされてました。
その引率者がいかにも肝っ玉かあちゃんといった感じの人でした。
納得。

2002.8月16日
この日は朝早く加瀬さんちに引き返すことになりました。
加瀬さんちに戻った後、加瀬さんが「面白い人紹介してやるよ」と言ったので紹介してもらうためにサンホセへ。
日本人の方が経営してるお寿司屋さん「五路」(←多分こんな漢字)へ行きました。
紹介を受け、僕も自己紹介をし、その方からコスタリカにまつわる色々な面白い
お話を伺うことが出来ました。これが面白いのなんのって!!腹がよじれっぱなしだった。やはり日本に居たんじゃ体験できないことも体験できます。

2002.8月17日
この日は僕が単独で川下りのツアーに参加することに。
バスに揺られること約2時間、この間がたがた道をひた走っていたために尿意を
もよおしてきた。トイレ休憩がしばらく無かったので必死に我慢した。
あまりにも我慢しすぎたので背中が痛くなってきた。
今までの人生の中で一番トイレを我慢したときだった。
すると、休憩地点についたのですかさずトイレに駆け込んだ。
散々我慢していたので、至福の一時だった。
現地に着いて、カヌーする場所まで歩く歩く。
どうでもいいけど周りの客は欧米人ばっかり。(当たり前か)
説明も全て英語かスペイン語。だから言葉よくわからん。
さて、いよいよカヌー開始。ここで貴重品を持ってきたことに対して怒られた。
他のみんなは普通にバスの中に置いてきたみたいでした。
いざ漕いでみると激流に次ぐ激流でたまらなく面白かった。
流れが緩やかで川幅が広いところに差し掛かるとみんなが川に飛び込んだので
僕も飛び込みました。
川の流れに任せてぷかぷかと浮きながら、美しい木々を、真っ青な青空を、
燦々と輝く太陽を堪能しました。
終わってみるとクタクタでした。
しかし、心地良い疲労でした。

2002.8月18日&19日
この2日間は加瀬さんちに宿泊してる人たちとサンホセと加瀬さんちの近くの
スーパーマーケット”パリ”(リにアクセントを置く)へお買い物及び市内見学へ。
いやぁ、それにしてもサンホセはいろんな人間がいるいる。
でも、東洋人は見かけませんでした。
あと車の運転が荒い!
ぼけーっとしてたら間違いなく轢かれる。
日本で信号無視したりして車が向かってきているにもかかわらずどかない日本人
に海外で同じことをやって欲しい。
間違いなくお陀仏だから。それに海外では自分の行動はすべて自分の責任になる。
いい勉強になるとは思いますが。。。
加瀬さんちの近くのスーパーに行った時、店内をぶらぶらしてて大型冷蔵庫の前で
品定めをしてるとある背の低い小太りのおばちゃんが
「ねえねえおにいさん、あたし背が低くて届かないのよ。あれとってちょうだい」
とにこやかに言われ、快く応じました。
「これですか?」と手にとると、「ノーノー、となりの小さいの小さいの」
と指摘されたので、取って手渡すと「グラシアス」と丁寧に返してくれました。
それにしても、ラテンのおばちゃんは大阪のおばちゃんみたいに物怖じしない。
僕を見て明らかに外国の人間だと分かっていても、そんなのお構いなし。
構わず早口なスペイン語で喋るし、用事も頼みます。
ここで結論、
”ラテンと大阪のおばちゃんは自分がやりたいことであれば、だれ彼構わず
用事を頼む”
でも、気さくな感じがしてよかったなぁ〜。
相手を見て嫌だと思うなら頼まないしね。
ここでも、コスタリカの人の気さくさが垣間見えたような気がした。
まあ、普通の日本人が逆の立場なら一目見て外国人と分かるような人にそんなことはしないでしょう。
その一方で、僕とそのおばちゃんの近くを通りがかった綺麗なおねーさんも
やがてはこうなるのかと思うと、神様のいたずらを非難せざるを得なかった。
そうこうしてるうちにサッポロ一番味噌ラーメンを大発見!!
一瞬、「なんでこんなところにあるのー?!」と目をむいたものでした。
しかも、英語バージョンだぞぉ!
もう、即買い。で、部屋に戻ってさっそく調理しました。
ん〜、懐かしい味。日本が懐かしくなりました。
と言っても、翌日には日本に戻るんですが。。。。

2002.8月20日
最終日です。帰る支度をしてるとツアーに出かけてる加瀬さんから電話が入ったと
奥さんに受話器を手渡され、ご挨拶を。
加瀬さん:「あと一日あれば僕たちのツアーに参加っできただけに残念!
       でも、楽しんでくれた?」
私:「もうめちゃくちゃ楽しみましたよ。また来ます。」
加瀬さん:「また来てねー。タクシーとっといたから!」

タクシーが来たので、皆さんにお別れの挨拶し、乗り込みました。
サンフアンタマリア空港に向かう途中、
運ちゃんが「いつ戻ってくるんだね?」と尋ねてきたので、
「またいつか」と返しました。
どうやらそれがコスタリカの人たちの表現なのかなと思った。
空港に到着後、運ちゃんにありがとうと言って、搭乗手続きを済ませ、その時間
まで静かにロビーで待っていました。
すると、あるおじさん方が待ち合わせていた場所が僕の目の前だったらしく、
ぞくぞくとその友人らしきおじさんが集まってきて自分たちの写真を撮ろうと
していましたが、一人がカメラを持つと、そのカメラを持った人がいやでも
写らなくなります。そこで困ってるような感じだったのですが、ふと僕を見るなり
「撮ってくれんかね?」と尋ねてきたので、快くOKしました。
するとどうでしょう。他のおっさん(失礼)も次々と「ポルファボール」と言って
頼んでくるではありませんか!
ここでも、前日のおばちゃん的な行動を目の当たりにしました。
結論、”ラテン民族の中でも善良な人はとても気さくだ”


***********最後に旅を終えて************
コスタリカでは色々面白いことがありました。
ふり返ってみて僕が感じたことですが、
コスタリカ人はいい意味で日本人とよく似た部分があるように感じたということ。
日本人は結構、相手に対して気配りをしたり相手を傷つけまいとしたりする性質があるけど、コスタリカ人もそういう点で日本人のような性質を持ってるんじゃないかと思えました。
アメリカ人のように自分たちの言葉が通じなくても激怒したり、自分たちの価値観
を押し付けるようなことは決してしない。
むしろ、相手を一人の人間として尊敬してるように思えました。
たどたどしいスペイン語でも話せば快く聞いてくれます。
旅行者の中にはいかにも胡散臭そうな人間に差別的な発言を受けて腹が立ったと
いう人がいますが、僕は幸いなのかどうか知りませんが、そんなことは一切無かった。むしろ、どこに行っても親切にしてくれた記憶しかありません。
空港でも道端でも食堂でもお店でも。
短期間の旅立ったのでほんの少ししか分からない。
でも、加瀬さんや五路の木原さんを見てるとコスタリカが2人を掴んで離さない理由
が分かる気がする。
それに食事も賛否両論あるものの日本人の口でも合うと思う。
沖縄料理が好きならばコスタリカ料理もオッケーだ!
コスタリカの人、自然、気候、料理全てが好きになってしまった。
よーし、お金貯めてまた行くぞ!
その時は永住かも。
そうなったら、苗字を変えないといけないなぁ。
だって、僕の苗字はAZUMA(スペイン語でぜんそくの意)だから変に思われちゃう。
ま、そうなったらいいね。そうなるように頑張ろう。
最後に加瀬さん色々と相談にも乗っていただきお世話になりました。
また暇見つけて行きます。
それでは。ちゃお。

                              おしまい