オスティオナルで見た亀の産卵

丸岡 泰                        2004118

 

乾季に当たる1月の週末、オスティオナルへ亀の産卵を見に行った。

オスティオナルはコスタリカ北部、ニコヤ半島の太平洋側にある。サンホセの高地とは異なり、低地のニコヤ半島の昼間の気候はけだるい熱帯である。椰子の木など熱帯植物の生えた森が海岸付近まで迫っており、豊かな自然を感じる。

サンホセからは自動車で約6時間の田舎まちである。町のメインストリートでも幅56メートルの舗装されていない砂利道だ。まだ観光地化は進んでおらず、旅行者が宿泊できる施設は小さな山小屋と近郊のホテルを含めて3つしかないらしい。近くの観光地ノサラからは約10キロの道のりだが、途中で橋のない小川を渡らねばならないという不便さで、4輪駆動の自動車でなければアクセスは難しい。住民が皆顔見知りのため、治安は良いらしく、サンホセの家々に見られる鉄格子はない。

住民は500人程度と聞く。自動車を持つ家もあるが、町の中の交通では馬と自転車が重要な役割を果たしているようだ。冷房が備えられている建物は一つだけだそうだが、夜は比較的涼しいため、扇風機があれば足りる。大通りに沿った小さな軽食堂が雑貨店をかねており、ここでビールやジュース、野菜が手に入る。他にバーや食堂、ホテルが大通り沿いにあるが、旅行者の利用できる施設はこのくらいである。物価は案外高く、飲食店の料金はサンホセとあまり変わらない。

こんな小さな町でも小学校、中等学校、そして町の中央にはお決まりのサッカー場がある。電話や電気はあり、インターネットを使う人もいる。病院はないようだが、定期的にお医者さんが巡回してくれるそうだ。首都から離れた小さな町でも健康で文化的な暮らしが成り立っているところは、コスタリカらしいと感じる。

この地域の住民の多くは亀の卵を売って生計を立てている。数ヶ月に一度、一晩で何千、何万という亀が産卵のために上がってくる自然現象がおきる。これは「アリバダ(上陸)」と呼ばれている。アリバダの翌朝には、一家総出で卵を回収し、地域の協会を通じてサンホセの中華料理店や飲食店などに売るそうだ。卸値は120コロンになる。

昼間砂浜を歩くと、砂地のあちこちがくぼんでおり、白い卵の殻が散乱している。あちこちに黒いカラスのような鳥がたくさん群れている。亀の卵をあさっているのだ。海岸にはガイドがおり、ガイド料を支払って産卵の見学をすることになっている。この日は町で唯一の日本人、松本君が一緒に亀を探してくれることになった。このまちに住んで数ヶ月間、亀の勉強をしながら自然保護の活動をしているらしい。

日没になると、街灯がまるでないことがわかる。通りですれ違う人の顔も見えない。日付が変わったばかりの0時すぎに海岸に出ると、月のない夜で、満天の星がきれいだった。北斗七星のひしゃくがやや下向きに見えた。その先を延ばして北極星を探したが地平線の山にさえぎられて見えない。緯度の低いコスタリカでは北極星も低い。

夜の海は不気味である。明かりのない海岸では案内をしてくれた松本君の顔も見えず、闇の中から声が聞こえるばかりである。彼の手にした懐中電灯の光を頼りに砂浜を恐る恐る進んだ。潮が満ちていたらしく、波の音が間近に聞こえる。闇の中では、突然大きな波がきて自分たちを飲み込んでしまうかと思うほど荒々しい音に聞こえ、不安になる。しばらく歩くと、小さな川に突き当たる。海に流れ込む川が数メートルにまで幅を増していた。波にあわせて木の枝や油がゆらゆらとただよっているのが懐中電灯の光の中で目に入る。かまわずその水の中にサンダル履きの足を足首まで浸かりながら川を渡る。

しかし、たどり着いた向こう岸でも亀の姿を見ることはできなかった。砂浜が熱帯林と海にさえぎられたとき、わたしたちは今来た道を引き返さざるを得なかった。

今日はもう、亀の産卵を見ることはできないのだろうか、と半分あきらめかけたころ、松本君が懐中電灯の光に照らされた亀の這ったキャタピラの模様を見つけた。彼は、手馴れた様子ですぐにその模様を陸地の方向に追跡し、一匹の亀を見つけた。懐中電灯の光に照らされた亀の全長は70センチくらいであろうか。日本語ではヒメウミガメ、スペイン語ではロラ(lora)と呼ばれている亀だという。すでに産卵場所を見定め、穴掘りにかかったところだった。

彼女は2本の後足を上手に使って穴を掘っていく。どうやらそこはすでに他の亀が卵を産んだあとだったようで、土の下からは卵がいくつも出てきた。わき目も振らず掘り続けると、後ろからこの作業を見学していた私たちの目の前に半ばつぶれたピンポン球のような卵がいくつも飛んできた。ひとつを拾い上げ手に乗せてみると、こころなしか暖かい。すでに日没から何時間もたっており砂も冷たくなっていたから、これは命の暖かさではないかと思った。しばらく手にしていると、コトリと音がして、中で何かが動いたようだった。

亀はそばで見学している我々には一切かまわず穴を掘っていく。人間が手で砂をすくい上げるときと同じように、平たい後足で砂をすくっては穴の周りに運び出し、さっとまく作業を繰り返す。しばらくして、深さは30センチくらいに達しただろうか。甲羅の後ろの部分が陸地につかえて掘れなくなるまで足を伸ばして掘った。

すぐに産卵が始まる。甲羅の後ろから突き出た管から、ピンポン球のような白い卵が、透明な液とともに数珠つながりになって産み出される。1度の産卵で80個から120個の卵を産むそうだ。45日後に60%が孵化するという。さらに成長して大きな亀となるのは生まれた卵のうちたったの一個だという。

亀が産卵の際に目から涙を流す、というのもよく聞く話だが、松本君によると、これは痛みによるものでも感情表現でもなく、塩分を対外に排出するための現象だという。わたしたちは、もっぱら後ろ側から観察させてもらったので、彼女が涙を流していたかどうかはわからない。亀は明るいか暗いかを感じる視力を持っているそうなので、懐中電灯で顔を照らすことには遠慮があった。

産卵自体は10分間くらいだっただろうか。卵を産み終わった亀は卵に砂をかけ始めた。後足を使って砂をかけ、まもなく周りの砂地と同じ高さになる。この作業にも丁寧な亀とそうでない亀があるらしい。私たちが今回出会った亀はとても丁寧で、卵を埋めた穴から少し離れたところからも穴に向かって砂をかけ、周囲の砂地と区別がつかないようにしていた。それを見て私は、他の生き物に見つからないでうまく孵っておくれ、という母の祈りを想像した。亀は向きを変え、海に向かって這っていき、卵との別れを惜しむように波打ち際で一度陸の方を見てから、再び向きを変え黒い海の中に消えていった。

卵は鳥に狙われ、人間に奪われ、孵化しないこともある。生まれた子亀が海に飛び込んだとしても別の天敵に出会うのだろう。いつも決まった人気の少ない海岸に多くの卵を産み、できるだけ深い穴を掘って、産卵後にカモフラージュをするのは、少しでも高い確率で子孫を残すためのプログラムに従ったものかもしれない。誰にも教わったわけでもない作業を黙々とこなして帰っていく亀を見て、自然の不思議を感じずにはいられなかった。

わたしたちは帰途についた。産卵見学を始めて小1時間もたっただろうか。潮が引いたのか、足首まで浸かって渡った川はすでに陸地になっていた。