Dr. Ozawa's Seminar

2005年1月25日


日本における「コスタリカの平和」論の危うさ 

〜人権問題とからめて〜

「コスタリカは平和国家であり、民主主義が隅々まで行きわたっているそうですね?」私の質問に対して、あるコスタリカの公立学校長は含み笑いを浮かべながらこう答えた。「そういうことになっているのなら、その方が良いですね。」また、ある社会科教師にこう尋ねてみた。「あなたの国は教育立国で、子供たちには人権意識と非暴力主義が浸透しているそうですね?」すると、その先生はやや興奮気味にこう切り返した。「僕は二か月前に退学した学生に道端で殴られ、数日間入院したんですよ!」

 さらに、犯罪史の専門家であるホセ・ヒル教授(コスタリカ国民大学)は、コスタリカの平和について次のように話してくれた。「コスタリカ人は戦争に関わりたくないという点にかんしては、平和主義を貫いてきたと言えます。でも、それはコスタリカ社会に暴力や差別が存在しないということを意味しません。その点においてはコスタリカはまったく〈普通〉の国なんです。」これらは、二〇〇四年夏に私が現地調査したときに得られた興味ぶかい証言のごく一部に過ぎない。

 こうしたコスタリカの現実は、日本のマスメディアで報道されている「平和の桃源郷」イメージとあまりにもかけ離れている。コスタリカ市民や現地の日系移民のなかには、日本ではコスタリカが美化され過ぎており、ウソも多いと困惑する者も少なくない。なぜ現地人の実感とかけ離れた国家像が、地球の反対側にある日本に広まっているのだろうか。その原因は、日本の論者たちの多くが、この中米の小国を自らの政治目的のために利用しているからである。彼らはコスタリカ社会の現状を正確に日本人読者に伝えることには関心がない。この国の「平和」イメージを神格化して、その視点から憲法九条の平和精神をないがしろにする日本の政治を批判することが目的なのである。

 コスタリカが「平和国家」のモデルとされるのは、何よりもこの国が憲法のなかで常備軍としての国軍を廃止(ただし、憲法上は軍事活動を完全に否定してはいない)し、現在に至るまでそれを固持し続けてきたからである。これは、同じように憲法で軍隊の保持や他国との交戦を否定していながら、実際には「自衛隊」という常備軍が存在し、イラクという戦地に派遣されている日本の現状を批判するには格好の材料となる。国軍の廃止によって、コスタリカはその限られた財源を経済活動や教育に投資することが可能となり、他のラテンアメリカ諸国に見られるような軍事政権による恐怖政治も回避することができた。この点で、たしかにコスタリカは平和社会の実現に向けて積極的に取りくみ、大きな成功をおさめたと評価しうる。

 一九四九年に発効したこの憲法は、その他にも社会福祉制度や、白人人口が九五%を占めるコスタリカ社会でそれまで公然と差別されてきた有色人の人権などについても規定している。これらの点を強調し、日本の論者たちはこの憲法を「平和憲法」として称賛し、その平和主義と人権意識こそがコスタリカ人の国民性の核になっていると主張するのである。もちろん、この憲法がコスタリカの人びとにとってきわめて重要であることに疑いはない。しかしながら、その精神が社会において本当に実践されているかどうかを見きわめなければ、彼らの「平和」主義を正当に評価することができないこともまた事実である。この視点から客観的な分析・検討を加えるとき、私たちはコスタリカの「平和」を軽率に讃美することはできないと気づくことになるだろう。

 まず、コスタリカが常備軍を廃止することができた歴史的背景について考えてみよう。もっとも重要なことは、コスタリカが米国(最大の経済支援国)と良好な関係にあったうえに、この超大国を核とした反共的な米州相互援助条約(リオ条約)に加盟していたことである。この集団防衛条約は対ソ「封じ込め」政策をかかげる米国が、ラテンアメリカ諸国に反共を約束させ、それと引きかえに軍事・経済支援を保証するものであった。「平和憲法」制定の立役者であるホセ・フィゲーレス大統領自身も、学生時代から筋金いりの反共産主義者であり、長きにわたって共産党を非合法化する法的措置をとった。このように、コスタリカにおける国軍の廃止は、共産主義者に対する人権侵害と無縁ではないのである。

 他方で、コスタリカはじつに国際政治的な感覚に優れており、軍隊を持たなくても米軍が自国を保護してくれると計算していた。もちろん、リオ条約は加盟国の領土保全を約束していたが、コスタリカはさらに一歩すすんで、自国を取り巻く国際的環境を冷静に分析していたようである。西の隣国ニカラグアでは、つねに民衆の反米主義がくすぶっており、米国はこの国に細心の注意を払っていた。また、東の国境を接するパナマには米国の軍事・経済的な大動脈としてのパナマ運河があり、そこにはラテンアメリカ最大級の米軍基地が置かれていた。すなわち、コスタリカの国家としての安定が米国のラテンアメリカ戦略にとっても利益となることを、コスタリカ政府は見切っていたのである。

 結局のところ、コスタリカは国軍を廃止したものの、米軍を中心とした外国の反共防衛軍によって保護されていたわけである。こうした史実を故意に無視、あるいは曲解したうえで、「国軍の廃止」だけを取りあげて美化することは、たとえそれが日本の軍国主義化に待ったをかけようとする善意に基づく行為だとしても、慎むべきであろう。なぜなら、それは、自衛隊の存在に反対しながらも、日米安保条約にしたがって日本に駐留している米軍の存在を肯定する反戦論者のように、矛盾した態度であるからだ。国家は軍事力を有するべきではないが、外国の軍事力〜それも特定の政治イデオロギーやそれを主張する人びとの排斥を目的とした〜に守ってもらうのは良いという理屈は通らない。

 二〇世紀末、米国は約一世紀にわたって占拠してきたパナマ運河地帯をようやくパナマ本国に返還し、同時に米軍もこの国から撤退した。その意味でコスタリカの非武装平和の真価は、まさにいま問われている。ところが、さっそくコスタリカは大きな試練に直面している。現政権が米国のイラク戦争を肯定して「有志連合」に加わり、その是非をめぐって国内を二つに割る論争を引き起こしたあげく、最高裁の違憲判決を受けてこの連合から撤退したのである。この事件は、コスタリカがいまだに米国に大きく依存しており、この大国との友好関係を維持するためなら自らの「平和」主義を曲げる可能性があることを明らかにした。一部の反戦的な弁護士の活躍で最終的には違憲とされたものの、民主的な国民選挙で選ばれたコスタリカの大統領が米国の「侵略戦争」を肯定し、イラクの人びとを失望させた歴史的事実はけっして消し去ることができない。

 次に、有色人種の人権について見てみよう。たとえば、先住民は都市部から離れた「保護区」に押し込められ、長きにわたって白人たちから隔離されてきた。十年ほど前から、先住民を主体とする公教育・社会福祉プログラムが進行しているが、彼らの生活や教育のレベルはいまだに低く、問題の解決にはほど遠いのが現状である。また、黒人は白人と同じ人権を法的に保障されているものの、日常的な人種差別は続いている。商店やレストランにおいて黒人が嘲笑される場面はいまでも見られるし、白人家庭の両親が自分の子供と黒人との結婚を認めないことも普通である。また、黒人を主体とした教育セクションは公教育省内には存在しない。黒人たちは、学校における白人中心主義的な歴史・文化教育に対して、デモなどの直接行動を通じて抵抗することもある。

 貧困問題も深刻である。コスタリカ国内の貧困層にくわえ、隣国ニカラグアからの貧しい移民たちが大都市周辺部に次々とスラムを拡大している。とくにニカラグア人たちはコスタリカ人からたいへん厳しい民族的差別を受けており、近年におけるコスタリカの貧困や治安悪化はすべて彼らの仕業だと決めつけられている(ヒル教授によれば、この噂には科学的な根拠がないと言う)。都市部の路上で物乞いをする人びとの数は十年前と比較していっこうに減っていないし、道端で日常品などを売って生活する非合法商人の数は確実に増えている。つまりコスタリカの社会福祉は、現在進行している貧困問題に対し必ずしも有効な解決策とはなっていないのが現実である。

 以上のように、共産主義者、人種・民族的な少数派、貧困者など、コスタリカの社会的弱者が置かれている深刻な現状を考慮するならば、コスタリカの「平和」を神話化することがどれだけ罪深いか分かる。なぜなら、それによって私たちは、苦痛にもだえるコスタリカの人びとから目を反らし、その助けを求める声に耳を傾けることができなくなってしまうからである。安易な「平和」賞讃はコスタリカ国内の人権侵害を助長するということに、私たちはもっと注意を払う必要があるだろう。

 コスタリカを参考にして日本の平和を再考する試みは、すばらしい。だが、そのためにはコスタリカの「平和」の長所と短所を客観的に見きわめるところから始めなくてはならない。平和社会を目ざすコスタリカ人の姿から謙虚に学びつつも、同時に彼らが抱える問題点もしっかりと受け止め、その解決についてともに考えていく姿勢が求められる。私たちがなすべきことは、コスタリカの「平和物語」に浸って現実逃避することでもなければ、「ほめ殺し」を介してコスタリカの人びとと浅薄な連帯を築くことでもない。日本とコスタリカのあらゆる人びとの平和のため、友好的で相互協力的ではあるが、生産的な相互批判の精神も失わない二国間の「大人の関係」を構築することが急務なのである。  

(本文以上)

※小澤後記:  

本原稿は『人権と部落問題』No.727(部落問題研究所、2005年2月、77-81頁)に掲載されたものです。本雑誌シリーズには、日本の人権問題を考える上でたいへん参考になる論考が他にもたくさん掲載されております。ぜひ一度ご覧下さい。

2005/01/25 小澤)

 

 

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